【信頼関係】「あの時、何も言わずに許してくださった先生へ」 恩師に1人の生徒から送られた遺書に涙が溢れる・・・

 

徳永先生は、熊本県の歴史始まって以来、30代の若さで小学校の校長になられたほど優秀でしたが、

「教員の仕事は、教壇に立って教えることだ」

と5年で校長を降り、自ら志願して一教員に戻った人でした。

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だから、どの学校に行っても校長に嫌われるんですね。

自分より実力が上なものだから。

 

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それで2年ごとに学校を出されてしまうんだけど行く先々で教師たちが一番敬遠している難しいクラスを受け持ってみんなを勉強好きに変えてしまうんです。

徳永先生は、昼飯を食べない人でした。

なぜ食べないかというと、終戦直後、昼の時間になると、弁当を持ってこられない子供たちが、さーっと教室からいなくなる。

それでひょっと校庭を見たら、その子たちが遊んでいたんです。

その時から、自分もピタッと昼飯を食べるのを止めて、その子たちと楽しい遊びをして過ごすようになりました。

以来、昼飯はずっと食べない人生を送るんですよ。

晩年になっても。

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